信じる者のみ叶う

何を信じで生きていくのでしょうか。

この疑問に一度は当たったことがあるはずです。

日本は宗教的な考えを持っている方が少ないので、あまりそういった事に興味を持つ方も少ないかもしれませんが、苦しくなた時や上手くいかなくなった時は、誰もが何かを信じたいと思うはずですし、何かに助けてほしいと思うはずです。

筆者自身、何かの信者ではありませんが、最低限の礼儀をつくし自らが尊重する事を信じ続けています。

目に見えるものだけではないんです。

目標にしている人物や架空の存在など何でもいいのでそれを信じぬく力があるかが重要です。

人間の歴史において今の人間が昔の人間に勝ってる部分は一つ、過去に方々の歴史を振り返ってそれを次に生かせるという事です。

前回のブログに重複する内容になるかもしれませんが、過去の力で未来を変える。

筆者はこの哲学を信じて生きています。

まだまだ筆者が尊敬している人物の学習方法には叶いませんが、80年の人生を振り返った方々のお言葉です。

自分にとってプラスになることが無いはずがありません。

信じるとは素直になること。

信じるとは自分の弱さを認めることでもあるのです。

我々の生活の95%以上はメディアの情報によって形成されているはずです。

人々はそのメディアの情報をうけて全てを判断します。

がしかし、メディアが発信する情報が正しいか間違っているか以前に発信されないような内容もあるのです。

野球では常に4番バッターや先発ピッチャーが美化されているように、光が当たりやすいポジションが誇張されて我々の五感に飛びこんできます。

しかし、2番バッターで走者を2塁に送るためにアウトになる選手もいれば、中継ぎと抑えのさらにその間のポジションのピッチャーもいます。

彼らの役割は絶大ですし、ともにプレーしているチームはその大事さをしているはずです。

しかし我々の目にはそこが最高の景色には映らないはずです。

誰しもが4番で先発ピッチャーを目指すように仕組まれた社会では、全員がその才能があるとも限らないのに頑張ります。

よってその他のポジションに才能がある人々を見抜けず、また人々もそのポジションがあることに気付けずにもったいない人生を送ってしまうと思います。

これは転職でも同じことです。

誰しもがみんな花形の業界大企業で、その看板の部署で輝けるとは思いません。

人それぞれで花が咲く場所がきっとあるはずです。

そういった間違った観点を作らないためにも、よく自分を知り、自分に合っている方向性を選んでそれを信じてください。

それが決して花形なことでなくて、周りに批判されることがあっても、信じている人は必ず花が咲きます。

神様もきっとそこを見ていらっしゃいますでしょう。

自分をよく知ること、自分に合った方向を選ぶこと、それを信じぬくこと。

何歳からでも生まれ変われます。

おわり

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